妊娠糖尿病とは
これまでに糖尿病と言われたことがなく、妊娠して初めて糖代謝異常が見つかった場合、妊娠糖尿病とされます。妊娠以前から糖尿病と診断された場合や、妊娠中明らかな糖尿病と診断された場合は、これに含まれません。この場合は、妊娠糖尿病ではなく糖尿病合併妊娠となるため、食事療法だけでのコントロールが難しいだけではなく、妊娠前からの血糖値をコントロールする必要があるなど、少し考え方が変わります。健康な赤ちゃんを出産するためにも、妊娠する前に正しく合併症の評価を行い、血糖コントロールが安定した状態で妊活する「計画妊娠」が推奨されます。糖尿病と診断されていて妊娠を希望、もしくは妊娠する可能性がある場合には、ぜひ医師に相談してください。
近年の日本における糖尿病罹患者数の増加に伴い、妊娠糖尿病罹患者も増えてきています。特に、晩婚化や晩産化も大きな要因となっていますが、全妊娠の7‐8人に1人は必ずなりますので、年齢以外の要素も大きく関わっています。
また、近親者に糖尿病罹患者がいる場合は、発症リスクが高いとされています。
妊娠糖尿病の原因
まず第一に、妊娠すると血糖値が上がりやすくなります。血糖が上がるとは、インスリンの働きや分泌される量が相対的に不足することで起きます。妊娠すると、胎盤から様々なホルモンが分泌されるようになりますが、そのホルモンがお母さんのインスリンの働きを弱めてインスリンが効きにくくなったり(インスリン抵抗性)、胎盤でお母さんのホルモンを分解する酵素ができてしまうことでインスリンが足りなくなることで血糖値が上がり始めます。
2親等以内に2型糖尿病の家族歴があるなど、生まれつき糖尿病を発症しやすい遺伝的要因も大きく関わっていますが、それ以外にも肥満、以前に大きな赤ちゃんを産んだことがある、原因不明の流産、早産、死産の経験がある、羊水が多い、妊娠高血圧症候群や以前に妊娠高血圧症候群になったことのある人、35歳以上の妊娠、といった事項も妊娠糖尿病のなりやすさに関係していると考えられています。また、妊娠中に切迫早産と診断され、子宮収縮抑制薬(張り止め)を処方された方も妊娠糖尿病になりやすくなります。
妊娠糖尿病が起こす合併症
妊娠糖尿病の場合、お母さんが高血糖状態であるため、必然的にお腹の赤ちゃんも高血糖となり、母子ともに様々な合併症を引き起します。具体的には、以下の通りです。
お母さん
妊娠高血圧症候群・網膜症・羊水量の異常・肩甲難産・腎症など
赤ちゃん
形態異常・流産・胎児死亡・黄疸・巨大児・心臓肥大・多血症・低血糖・電解質異常・小児期以降の肥満やメタボリックシンドロームなど
どのように診断しますか?
妊娠糖尿病の診断は、糖負荷試験において空腹時血糖が92mg/dl以上、1時間値180mg/dl以上、2時間値153/dl以上のいずれか1点以上相当した場合となります。
初期の検査で陰性であっても、妊娠が進むとインスリン機能が低下するため妊娠中期以降に再度検査を受ける必要があります。全体の妊娠のうち約12.08%が妊娠糖尿病を発症するため、特に肥満傾向の方・糖尿病と診断されているご家族がいる方・35歳以上で妊娠の方・巨大児の出産歴がある方は、特に必ず検査を受けてください。
治療方法
食事療法
バランスの取れた食事を摂ることが前提になります。特に妊娠中は赤ちゃんのためのカロリー(負荷カロリー)が必要になるため、通常よりもたくさん食べてもらう必要があります。バランスを整えるだけでコントロールの良くなる場合もあれば、それだけでは十分ではなく、1回の食事を小分けにする分割食が必要になる場合もあります。特に妊娠後期は、分割食が必要になることが多く、それでも食後の血糖値が上がってしまう場合にはインスリン療法によって血糖値コントロールを行います。食事療法は、標準体重でのエネルギー摂取量を体重1㎏につき30kcalとし、妊娠初期で50kcal、妊娠中期で250kcal、妊娠後期では450kcalの負荷エネルギーを加えます。
インスリン療法
空腹時血糖100mg/dl以下、食後1時間140mg/dl以下、食後2時間120mg/dl以下を目標に、血糖コントロールを行います。妊娠中は基本的に、経口血糖降下薬を使用できないため、強化インスリン療法を行います。
妊娠中に注意する事
妊娠中高血糖が続くと、胎盤を通じて赤ちゃんにも過剰な糖が送られるため、平均体重より重い赤ちゃんが生まれる可能性があります。このようにして生まれた赤ちゃんは、その後小児期以降に高血糖や肥満、高血圧を発症するリスクが、正常の1.5倍ほど高まるとされています。ですので、妊娠中の血糖管理はある程度厳格にする必要があります。ですが特に血糖測定をしていると、血糖が上がるのを恐れるあまり、糖質を取らなかったり食事を減らしたりしてしまう妊婦さんもいます。現在日本で生まれる赤ちゃんの7‐10%は平均体重よりも軽く生まれます。このような赤ちゃんは、胎児のときにお母さんから十分な栄養を貰えていなかった可能性が高く、少ない栄養を効率よく摂取できるよう「倹約遺伝子」が作動しやすくなります。「倹約遺伝子」のスイッチの入った状態で生まれた赤ちゃんが成長し、現代の食生活環境で育つと、50歳以降での糖尿病、肥満、高血圧など生活習慣病のリスクが高まることが分かってきていますので、その点も考えて妊娠生活を送っていただくことになります。
また妊娠中の運動は、可能な限りして頂いて構いませんが、切迫早産で安静を指示されたり、運動でお腹が張ったりと、思うように運動療法ができないケースが多くあります。
このため、食事療法を主軸とした治療を実施します。食前100mg/dl未満、食後2時間120mg/dl未満を目標に管理していきます。糖質制限は推奨されないので、血糖上昇の緩やかなものを選んだり、4~6分割食にするなどで食後の高血糖を防ぎ、空腹時のケトン体生成を亢進させないように留意します。それでも血糖コントロールがうまく出来ない場合は、赤ちゃんに影響がない程度でインスリン注射を行って血糖コントロールを行います。妊娠中期・後期と進むにつれてインスリン使用量が増えますが、産後ほとんどの妊婦さんは、中止できますのでどうぞご安心ください。
産後注意する事
以前は妊娠中だけ出現する一時的な病気と考えられていましたが、フォローアップ研究によって、妊娠糖尿病を発症した女性は、そうでなかった女性と比較して、将来的に2型糖尿病を発症する危険性が約7倍になることが知られています(妊娠高血圧症候群でも、発症した女性の約80%の方が、産後20年以内に高血圧を発症すると言われています)。ですから、妊娠糖尿病は、妊娠中の管理も大切ですが、出産後のフォローアップが非常に重要な病気と言うことができます。出産から約3か月後に、初回のブドウ糖負荷試験を受けていただきますが、その時点で正常になっていたとしても1年に1回程度のフォローアップをお勧めしております。授乳している方ですと、初回の負荷試験は比較的落ち着いていたにも関わらず、授乳量が減ったり卒乳すると悪化する方もいます。糖尿病と診断されるより前にリスクを把握し、正しく対応することで糖尿病の発症を減らしていくことが最終的な目標です。お母さんと赤ちゃんの将来の糖尿病の発症を防ぐためにも、妊娠糖尿病における正しい知識と医師の適切な指導のもとでしっかりと経過を見てもらいましょう。